野村監督は「全日本チームの監督候補に、なぜ私の名前が一度もあがらないのか」、「実際に就任するしないは別として、候補に名前くらいあがってもよさそうなものではないか」と疑問を呈します(p.196)。
本来、国際試合の日本代表監督は、実績を考慮して人選されるべきなのに、人気や話題性を優先させていると野村監督は指摘します。メディア全盛時代において、選手のプレーに一喜一憂し、選手と同じレベルではしゃぎ回る監督のほうが「テレビ的にはおいしい」のではないか、と人気優先の背景を説明しています(p.197)。
私は、この野村監督の指摘は正しいと思います。星野仙一監督は、実績よりもむしろメディア的にぴったりだから監督に選ばれた側面が非常に強いと言えます。野村監督も指摘するように、星野監督は3度リーグ優勝していますが、残念ながら一度も日本一になっていないのです。3度負けることができる日本シリーズでさえ優勝できていないのです。ましてや、1度も負けられない決勝トーナメントで勝てる可能性が高いかといえば、これは未知数であると言えるでしょう。
「国民の期待を一身に背負う立場の人間が、派手なガッツポーズもしない無愛想な男では、士気が高まらないというのかもしれない」というように、この人のためなら…と思わせるような人望のある人を選ばざるを得ないという背景も確かにあると思います。男気のある星野監督を私も大好きです。
しかし、今回の北京五輪での敗北(4位)という結果を見て、日本の野球ファンの誰もが思ったに違いありません。「やっぱり勝負事は勝たなければならない」と。負けたら惨めなのです。やはり、「よさそうな人」ではなく、冷静に、「実績のある、勝利に導く可能性が最も高い人」を選出すべきなのです。
野村監督は、「私にも全日本チームを預かり、勝たせるだけの自信があるということだけは知っていおいていただきたい」(p.197)と、ちらっと色気を出しているようにみえますが、野村監督が主張したい要点は、代表監督を選考する基準なのです。繰り返しになりますが、人気や話題性ではなく実績重視で選考すべきなのです。
長島監督が病気で倒れて代行の中畑清さんが指揮をとって敗れた(3位)アテネ五輪での監督選考についても、長嶋茂雄という、日本野球界の「錦の御旗」の威光の前に、誰も反論することができませんでした。病気という不測の事態であるとはいえ、ペナントレースというリーグ戦での監督経験ですら持っていない人を代役に選出するなんて、本来ありえない、いや、あってはいけないことだったのです。この事例も、代表監督選考に際して実績以外の要素が重視された悪い先例なのです。
来年3月に開催されるWBC日本代表監督が、たとえばの話ですが、古田敦也さんのような人気は抜群だが経験実績が不十分な人に決まるとしたら、2回連続での五輪惨敗の教訓は全く生かされない、ということになるでしょう。
野村監督には、1年でも長く指揮をとってほしいと希望していますが、もしも今期限りで勇退されるようなことになったら、野村監督に代表監督に就任してほしいと私は望んでいます。(時間的に無理かもしれませんが。)
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