年末年始の北インド旅行(13) 帰国の途

 ホテルでの電話代トラブルに立腹しながらも、正午前に空港行きのバスに乗り込みました。外は多少靄がかかっていますが、晴れています。

 空港に到着し、出国手続きを済ませ、ロビーで待機します。どうやらムンバイからのAI314便が到着したようです。ムンバイからの乗客がいったん飛行機から出て、機内清掃されます。ムンバイからの乗客も疲労困ぱいの様子です。

 1月7日14:30にデリーを離陸しました。香港経由で関空に到着したのが1月8日の午前4時です。まだ電車が走っていないので、5時まで空港で待ち、始発で大阪方面に向かいました。

 1月8日はすでに仕事が始まっています。私はほとんど徹夜で仕事をしました。年末年始の北インドをエアインディアで絶対旅行しない、と心に決めました。

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年末年始の北インド旅行(12) ホテルでのトラブル

 飛行機が飛ぶらしいのでホテル・クラリッジスをチェックアウトし、空港に移動することになりました。しかし、ここでとんでもないトラブルが発生しました。

 フロントでチェックアウトしようとすると、「電話代2835ルピーを払ってください」と言われました。は?確かにインド国内へ短時間電話しましたが、2835ルピーとはあまりに法外です。私はフロントに強く抗議しました。高額な電話代を請求されている客は我々のほかにも数名いるようです。

 フロントは「3分以内なら無料、それ以上なら料金がかかる」と説明を受けました。私は「そんな話は聞いていない、このような高額な料金がかかるなら、前もって説明する必要があるのではないか。その説明がなかったから、私は払わない」と言いました。

 フロントも「払ってくれ」の一点張りです。私は払うのはやぶさかではないのですが、いかんせん高すぎます。明細書を見ると、私の電話が10分14秒で税込1485ルピー、同室の老紳士の電話が4分35秒で税込1350ルピーです。どう考えても高すぎます。

 押し問答が続いていましたが、空港への出発時間が近づいてきました。私たちは払いたくないのですが、支払いを拒否して帰国できないという事態だけは避けなければなりませんので、泣く泣く支払うことにしました。3分以上の電話代金が高額になると事前に知っていたら、ホテルの外の電話屋さんでかけていたのに…今考えても腹が立ちます。

 帰国してからエア・インディアに電話代を請求してやろうかとも考えましたが、面倒くさいのでやめました。しかし、エアインディアとホテル・クラリッジスへの恨みは今も持っています。2度と利用しません。

 皆さんも、フライトキャンセル後にあてがわれたホテルでの電話には、くれぐれも気を付けてください。

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年末年始の北インド旅行(11) 添乗員にがっかり

 バスに乗った我々は、高級ホテルに連れていかれました。ホテル名は「ホテルクラリッジス Hotel Claridges」です。デリーでもかなり格付けの高い部類に入るホテルです。1泊2万円前後以上するようです。建物は立派で、ロビーだけでなく、室内も高級感が漂っています。ベッドの盛り上がりがすごい。

 乗客はダブルの部屋に2人ずつ配分されました。私は、北陸から来ていた老紳士と同室になりました。部屋に入ったのが深夜2時近くだったので、私たちは早々に床に就くことにしました。

 翌朝6時半ごろ起床し、ホテルの朝食を食べます。この時点ではフライトに関する情報は一切聞かされませんでした。

 待機している乗客の中には、○○日本ツーリストのツアー客と添乗員が含まれています。実は、昨晩のデリー空港でのバスの配車やホテルの手配状況などはこの○ツリの添乗員に伝えられていた模様です。添乗員は当然、自分の会社のツアー客しか世話しないわけですから、その他の乗客にはエアインディアからの指示が伝わってこないのです。

 後から振り返って考えると、どうやら飛行機が飛ぶことや、空港に向かうバスが間もなくやってくる、などという情報が航空会社からホテルに伝達され、それが添乗員に伝えられ、ツアー客だけが行動に移すことができる状況にあったのです。その他の乗客はそのツアー客の動きを観察して彼らについていかなければなりませんでした。

 何も情報が来なくて、どう行動していいかわからない他の乗客が沢山ロビーに待機しているのがわかっていながら、添乗員は自分のツアー客だけにしか情報を伝えないのです。自分の与えられた責務をこなす、という意味では当然の態度なのかもしれませんが、緊急事態でもあり、情報がホテルから添乗員にだけ伝えられている、その他の乗客がどうしていいか分からずロビーで待っている、という状況から判断して、その添乗員が一言、他の乗客に情報と伝える「機転」を利かせてもよかったのではないでしょうか。そうすれば、「あ~○○日本ツーリストさんはえらいな~」と評価が高まるのに…

 ものすごく添乗員にムカついたことを覚えています。

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年末年始の北インド旅行(10) 日本に戻る夜

 2004年1月6日、インドから日本へ帰国する日になりました。日中は晴れ、デリー観光を楽しむことができました。

 そしていよいよ帰国の途に着きます。エアインディアのAI314、デリー発23:15です。20時ごろ国際空港に到着しました。空港はやや霧に包まれていました。この程度の霧なら大丈夫そうです。

 チケットを確保し、いよいよ出国手続きのためカウンターに並びます。私の番になったとき係官が、「あなたの飛行機は飛ばないよ」と言いました。え?何言ってるの?と思いました。私のフライトの前の日本航空やタイ国際航空の便はちゃんと出発しているのに、なんで地元のエアインディアだけ飛ばないのか、理解ができませんでした。

 空港はフライトキャンセルされた外国人客で大混乱しています。「どないなってんねん!」と空港スタッフに掛け合う外国人があちこちで見られます。どうやら、私のフライトだけでなく23時以降の便がすべて濃霧によりキャンセルになったようです。

 呆然としている暇はありません。一体このあと我々はどうなるのか?何のアナウンスもありません。右往左往していると、出口付近でエアインディアが乗客を乗せるバスを出すようでした。私も急いでバスに駆け寄ると、外はものすごい霧に包まれていました。

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年末年始の北インド旅行(9) デリーへ戻る列車

 アーグラからデリーへは1月4日金曜日、18:25発のタージ・エクスプレスで戻るつもりでした。しかし、ジャンスィーからのシャダブディ・エクスプレスが大幅に遅延したことを踏まえて、来た列車に飛び乗ろうと考えました。

 14:30にアーグラに到着した急行デリー行に乗りました。この列車自体も2、3時間遅れているそうです。車内は満員で、乗客は皆言葉少なです。時折、足が不自由で真黒に汚れた少年が車内を掃除しながらチップをもらっている姿をみました。見た目は小学生くらいですが、栄養不良だと思うのでひょっとして15歳前後かもしれません。強い衝撃を受けたことを思い出します。

 止まっては走り、緩くなっては足を早め、4時間後にデリーへ到着しました。この列車に飛び乗って正解でした。タージ・エクスプレスを待っていたら、デリー到着が何時になっていたかわかりませんから。

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年末年始の北インド旅行(8) 深夜のアーグラ

 ジャンスィーを予定より4時間遅れの22:00に出発したシャダブディ・エクスプレスは、結局定刻より5時間遅れの午前1時にアーグラに到着しました。インドでも治安が悪い都市とされるアーグラに深夜に到着したわけです。かなり危険かもしれません。

 駅前に停まっているタクシーに乗り込み、行き先となるホテルの名を告げます。タクシーは順調に走っていましたが、突然、ガソリンスタンドに入ろうとしました。「何すんねん」と尋ねると給油すると運転手は言います。「ノー、ノー」と私は絶叫しました。給油に乗じて何かをかすめ取るのではないか、あるいは他者と結託して悪事を企んでいるのではないか、と私は考えたからです。

 タクシーはガソリンスタンドには入らず、事なきを得ました。無事ホテルに到着し、ひと安心です。翌日はタージ・マハール観光に出かけました。

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年末年始の北インド旅行(7) ジャンスィー

 カジュラホで美しい寺院を堪能したのち、1月2日金曜日の朝、ジャンスィーに向けて出発しました。9時に出発したバスは途中の小都市で30分休憩を入れ、5時間かけてジャンスィーに14時頃到着しました。

 ジャンスィーJhansiは道路・鉄道交通の要衝になっている都市です。ここから17:55発のシャタブディ・エクスプレスでアーグラに向かいます。駅構内で列車を待ちますが、いくら経っても列車は来ません。駅員に聞いても「わからない」という返事しかありません。

 列車の遅れの原因はもちろん濃霧なのですが、デリー発ボパール行きの下りシャタブディ・エクスプレスが遅れたため、折り返しの上りボパール発デリー行の出発も遅れてしまっているのです。

 4時間遅れの22時、ついにシャタブディ・エクスプレスが到着しました。

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年末年始の北インド旅行(6) パンク

 下の写真のような農道を進んでいたとき、タクシーが突然停車しました。パンクです。ついに恐れていた事態が発生しました。カジュラホへの大幅な延着を覚悟しました。

 全員が車を降り、タイヤの状況を確認します。1本ぺちゃんこになっています。こりゃダメだと思っていたのですが、なんとスペアタイヤがあるではありませんか!ドライバーが修理に取り掛かります。

 修理が終わりまで、しばしの休憩です。霧に包まれたデカン高原の真中で、静かに待ちます。自分の現在地が全く分からないのですが、不思議と落ち着いていたのをよく覚えています。

 30分ほどして修理が完了して再び走り始めました。車の中で3人顔を合わせて、大声で笑いながら確認しました。「グレートジャーニーだ」。そうしているうちにカジュラホに着いたよと知らされました。到着は2004年1月1日木曜日、午前11時、18時間の長旅でした。

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年末年始の北インド旅行(5) 元旦の朝

 2004年1月1日木曜日、私はどこに停車しているかわからないタクシーの中で元旦の朝を迎えました。6時過ぎに目が覚めて、近くの商店でチャイをすすります(写真)。冷え切った体に暖かなチャイ、この味を今でも忘れません。

 ここで同乗者を紹介しておきます。インド人のドライバーと、リビアにで出稼ぎをしているというインド人青年、そして私の3人です。まったく接点のなかった3人が、何の因果か年末年始を同じ車の中で過ごしたのです。不思議ですね。

 霧はだいぶ晴れていました。6時半ごろ再び車は走り始めました。道路は普通の農道です。ガタガタ道を揺れながら進みます。なんとか無事にカジュラホまでたどり着いてほしい。その思いは打ち砕かれてしまいました。

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年末年始の北インド旅行(4) とんでもない大晦日

 2003年12月31日水曜日、カジュラホに向うタクシーは午後5時にヴァラナシーを出発しました。道路状況はヴァラナシーを離れるにつれて悪くなります。道路が細くなり、1車線しかないので、対向車が来ると両方の車が路側帯に避けなければなりませんでした。

 時間が経つにつれて、霧が濃くなります。視界は20m、10m、ついに2mくらいになりました。つまり前方が霧で全く見えなくなったのです。横を見ながら車線をはみ出さないように、のろのろ進みます。深夜1時をまわったころ、ついに運転を断念し、車中泊することになりました。

 あたりは暗闇とひどい濃霧です。窓の外をみると、かすかに民家が見えます。どこかの集落を通過する道路上で止まっているようです。デカン高原の北部で冬の深夜、濃霧。凍えるような寒さです。私は寝巻用としてもっていたズボンとトレーナーと洗濯する予定だった靴下を2足、重ね着しました。寒さに震えながら、狭い車中で大晦日の夜を過ごすことになりました。

 こんな大晦日を過ごしている日本人は僕ぐらいかな~と思いながらも、不思議と怒りとかは感じませんでした。

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年末年始の北インド旅行(3) パニックになったヴァラナシー空港

 2003年12月31日、ヴァラナシー発12:20のカジュラホ行きに乗るため、空港に向かいました。空港は年末ということで、外国人で混雑していました。搭乗時間が近づいてきますが、なかなか手続きが始まりません。デリーから来た飛行機もスタンバイしているのに…

 フライト予定時刻から2時間たった14:20、突然、カジュラホ行きのフライトがキャンセルされてしまいました。空港内はパニック状態になりました。あちこちで欧米人が職員に罵声を浴びせています。私もジェットエアウェイズのスタッフに拙い英語で理由を問いただしました。どうやらカジュラホの天候不良が原因のようです。

 私はさらに詰め寄ります。「自分でカジュラホに行くから今すぐ金返さんかい!」そうすると、「それはできません。車を用意するからそれでカジュラホまで行ってください」とスタッフは言いました。カジュラホまで何時間かかるのか尋ねると8時間ということでした。「今3時で、数百キロ離れたカジュラホに今から出発すると到着は深夜になるけど危険じゃないのか?」と聞くと、大丈夫だ、と言います。

 なんか、カジュラホに行けない可能性が出てきたら、俄然行きたくなりました。私は車で行くことを了解し、ヴァラナシーのタージガンジスホテルで待機するよう言われました。車の用意が終わり、ヴァラナシーを出発したのは午後5時でした。まあ、今からだとカジュラホ到着が深夜1時頃になるけどしょうがないか~くらいに考えていたのです。ところが、このあと、とんでもない大晦日になってしまったのです。

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年末年始の北インド旅行(2)

 2003年12月29日、デリーからヴァラナシーへ移動するためデリーの空港に向かいました。デリー発10:40のジェットエアウェイズのヴァラナシー行きは、出発が2時間遅れ、ヴァラナシーに13:50に到着しました。

 12月30日のヴァラナシーは早朝からひどい霧に包まれていました。ガンジス河畔に行っても、何も見えない状態でした。

 翌31日は朝から晴れ、ボートからヴァラナシーの街を観察することができました。これなら、今日のヴァラナシー発カジュラホ行きのフライトは大丈夫だろうと思いました。ところが、このあと、とんでもない事態に巻き込まれることになってしまったのです。

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年末年始の北インド旅行(1) 合計50時間遅延の旅

 2003年12月27日から04年1月7日まで北インド周遊の旅に出ました。私にとって最初の本格的な単独海外旅行であり、なおかつ、とんでもないハプニングの多かった印象深い旅でした。

 まず12月27日関空13:00発のエア・インディアAI315のフライトが約4時間遅れました。チケットカウンターに行ったとき、飛行機が遅れるので昼食代1000円のチケットをもらいました。出発が4時間遅れたので、デリー到着も4時間ほど遅れ、深夜1時に着きました。

 空港にはデリーでお世話になる旅行会社のセナさんが迎えに来てくれていました。セナさんの車で宿に向かいますが、外はひどい濃霧です。セナさんいわく、この濃霧じゃ着陸できないんじゃないかと心配していたそうです。ひょっとして、エア・インディアは一か八かで着陸したのでしょうか。

 私が乗るAI315は、ムンバイ・デリー・香港経由で関空に着いた飛行機なので、出発の遅延は、恐らく濃霧によりデリーへの到着かデリーからの離陸が遅れたのが原因ではなかったかと推測します。

 多くの都市を経由する便は遅延する確率が高くなるので避けたほうが賢明だと思います。また濃霧のひどい年末年始の北インドなどを旅行する場合は、余裕をもった計画を立てておくのが望ましいでしょう。さらに、当時は旅行に慣れていなかったので旅行会社の担当者さんの言いなりというか勧めでエア・インディアにしましたが、できれば他の航空会社にしたほうがいいと思います。

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インド(35) カジュラホ

 カジュラホは、デリーの南東約500キロにある小さな街です。エロチックな彫刻が施されたヒンドゥー寺院群で有名ですが、もちろん猥褻さは感じられません。当時の人々の心の豊かさ、「友愛」の象徴として、男女そして動物をも含めた暖かい交わりが描かれている、と私は感じ取りました。「インドに行くならカジュラホに行け」と強く勧めたい街です。

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インド(34) リンガ

 インドではいたるところで奇妙な形をしたモノが祀られています。これは「リンガ」と呼ばれる男性器です。リンガはヒンドゥー教の神様シヴァの性器「シヴァリンガ」で、それが女性器「ヨーニ」に刺さっている状態を我々は見ていることになります。

 ここで「ウィキペディア」の「シヴァ」の記述を引用します。

 「シヴァリンガは、リンガとヨーニの2つの部分からなり、内側が受け皿状の円形または方形のテーブルの横に油が流れ出る腕が付いているヨーニの中心部に、リンガと呼ばれる先の丸い円柱が立っている。                                    ヨーニは女性器の象徴で、リンガは男性器の象徴であり、性交した状態を示す。ただし、我々は性交しているシヴァを女性器の内側から見ている形になっている。これは、シヴァ神が女性と性交をして現われたのがこの世界で、それが我々の住んでいる世界という意味になっている。」

 なるほど、そういうことなのですね。さらに、生殖がこの世の永続的な繁栄を象徴しているとか、本当に深い意味が込められていると思われます。

 また、像がそばにいますが、これはシヴァ神の乗物で「ナンディン」という牛だそうです。リンガにはコブラが巻かれていますが(写真4枚目右下)、これはどういう意味なのでしょうか?

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インド(33) 元気な子どもたち

 インドでは不良住宅に住む子どもたちと出会いました。靴を履いていないので足が真っ黒です。しかし子どもたちは元気に遊びまわっています(2003年撮影、5枚目は2008年1月撮影)。

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インド(32) 働く子ども

 2003年にインドで撮った子どもの写真を紹介します。インドでは元気に働く子どもたちの姿を見かけます。みな大変そうですが、笑顔が絶えません。日本人によく似たチベット系ネパール人と思われる子どもも頑張っています。

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インド(31) インドの子どもたち

 インドでたくさんの子どもたちの写真をとりましたので、一部を紹介します。        1枚目:ヴァラナシーのリキシャーを運転する子ども。一日中運転しているのか、顔も服も汚れています。英語は喋れません。大渋滞で一歩も進めないので、途中で降りました。運賃は多めに払いました。                                       2枚目:ヴァラナシーの旧市街の迷路内でチャイを売る2人。緑のジャケットがかわいらしいですね。                                               3枚目:ムガルサライ駅前で食事をする子どもたち。                       4枚目:ムガルサライ駅前で物を売っている少年。笑顔がかわいいですね。         5枚目:コルカタの下町で鳥かごを取り囲む子どもたち。                    6枚目:デリーのメインバザールでキャベツを千切りにする少年。インドでは子どもたちが元気に働く姿をよくみかけます。

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インド(30) 野菜市場

 ニューデリー駅前のメインバザール(パハール・ガンジ)の奥には野菜市場があります。どれも日本で見られる野菜といっしょです。果物や肉も販売されています。

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インド(29) ラール・キラー

 ラール・キラーはイスラム王朝時代の都城なので、建造物の配置やデザインが左右対称になっています。

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インド(28) チャンドゥニ・チョウク

 デリーで最も賑わっているチャンドゥニ・チョウクに行きました。通りは人で埋め尽くされていて、ゆっくり進むことしかできません。突き当たりを道なりに進むと、ナッツやナツメヤシなどが売られています。

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インド(27) インドの食べ物(その2)

 インドではたくさんのカレーを食べました。写真の1枚目はデリーの中級レストランで、2枚目はコルカタの高級レストランで食べたカレーです。どれも味が違いますが、好きなカレーとそうではないカレーがでてきます。

 カレーはナンなどと一緒に食べます。インドではあちこちでナンを焼くずんぐりした釜を見ることができました。家庭では平べったいチャパティーをよく焼くようです。

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インド(26) インドの食べ物

 ニューデリーのカロルバーグにある市場で、屋台の料理を食べました。ジャガイモをカレーで炒めたものを、もちもちした薄いパンでつつんで食べます。屋台に山積みになった青唐辛子が使われているようで、激辛料理です。

 屋台ではモンゴロイド系の人と一緒に食事しました。インド北部から観光に来たそうです。チベットか中国系の人かと思いましたが、インド人だと言っていました。

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インド(25) 巡礼者

 インドではヒンドゥー教徒の巡礼者に出会いました。みなさん、額に赤いペイントをなさっています。手には杖、そして寄付金を入れる缶を持っています。

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インド(24) コルカタの子どもたち

 コルカタでもたくさんの子どもたちに出会いました。無邪気に遊ぶ子、一所懸命働く子、ふざける子、みんなかわいいですね。

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インド(23) コルカタのモスク

 コルカタのモスクを見ました。市街地北部にあるナコーダ・モスクです。外壁は赤く、緑色の旗が並んでいます。モスクの前には軍隊が警備に当たっていますが、緊張感はなく穏やかな雰囲気が漂っています。都市の規模に比べてモスク周辺のムスリム街の規模は小さく思えました。

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インド(22) コルカタの街並み

 コルカタの中心地域を歩きました。コルカタの街並みを「爆弾が落ちたような都市」と表現した文章をかつて読んだことがありますが、写真のような風景をみると、うなずけます。戦前の建築物なのでしょうか。下町も古い建物が多く残っています。

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インド(21) シアルダー駅

 コルカタの中心駅・シアルダー駅に行きました。フーグリー川の対岸にあるハウラー駅が最も大きな駅ですが、こちらのシアルダー駅からも長距離列車が発着しています。たとえば、ニューデリー行きの寝台特急Rajdhani Expressは毎日出発しています(16:50発、ニューデリー翌朝10:55着)。

 駅の端に、コルカタ市内を回っている近郊電車が発着しています。この電車の行き先や走行ルートは一体どうなっているのでしょうか。

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インド(20) コルカタのトラム

 コルカタにはトラム(市電)が残っています。車体はかなり古く、味があります。乗客は少なめです。車内で車掌が料金を徴収します。私はシアルダー駅からエスプラネードまで乗車し、4Rs(約12円)でした。地下鉄よりやや安いかもしれません。

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インド(19) コルカタの乗り物

 コルカタで見ることができる乗り物を観察しました。まず、タクシーは山吹色に青の帯が入ったカラーになっています。車種はインド国産のアンバサダーだと思います。

 木製のバスを見かけました。茶色や水色のカラーが多く走っています。車体に始発と終点が書かれているので、街に慣れれば利用価値が高いと思われます。

 また、コルカタには人力車も残っています。ただ、数は少なく、使われなくなった人力車が固めて置いてあります。哀愁を感じさせる風景です。

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インド(18) チョウロンギ通り

 チョウロンギはコルカタで最もにぎやかな通りです。中心地エスプラネード付近は商業施設が目立ちます。地下にはインドで最も古い地下鉄も走っています。

 コルカタの街を歩いていて、あることに気づきました。コルカタの人は身なりが整っていて、洗練された感じがします。関西弁で言うと「シュッとしている」のです。デリーなどとは比べものにならないくらい、人々がきちんとしています。ムンバイなどはどうなのでしょうか。

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インド(17) コルカタの青空市場

 コルカタのニューマーケットの周辺には屋外に市場が広がっています。フーグリー川が近いので川魚が多いようです。

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インド(16) コルカタのニューマーケット

 コルカタの中心部にあるニューマーケットに行きました。時計台のある赤い建物です。前を通るリンゼイ・ストリートでは今も人力車が走っています。

 マーケットは生鮮食料品と雑貨を扱う部分に分かれています。肉や魚をさばき販売しています。市場内には散髪屋もあります。

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インド(15) コルカタのサダル

 コルカタのサダル・ストリートにはたくさんのホテルが集まっています。サダル・ストリートから南に下る細い路地沿いにはパラゴンやギャラクシーなどの有名な安宿もあります。

 私はサダル・ストリートとリンゼイ・ストリートを結ぶ細い路地Hartford通りに興味を持ちました。チャイを飲みにたくさんの人が集まっています。狭い空間なのになぜか心がやすまります。

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インド(14) ハウラー駅

 コルカタの玄関口ハウラー駅周辺を散策しました。駅前にはフーグリー川が流れ、川岸ではたくさんの人が体を洗っています。近くには巨大な鉄橋「ハウラー橋」がかかっています。橋を渡る人も多いですが、中心部に向かうフェリーの乗客もかなりいます。

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インド(14) コルカタのホテル

 2007年1月3日、ムガルサライ17:10発のBikaner/Jodhpur Howrah Expressは定刻より1時間40分遅れの18時50分に出発し、コルカタのハウラー駅には翌4日の4;50に到着しました。まだ真っ暗です。

 5:30にタクシー(100Rs)でサダル地区に向かって出発しました。まず宿を確保しなければなりません。車中泊でしたので、確実にホットシャワーが使えそうな中級ホテルを探しました。しかしリットン、アストリア、リンゼイすべて満席でした。

 途方にくれてサダルストリートのブルースカイカフェで一休みしながらロンリープラネットで中級宿を調べてみると、CKT Innというホテルがありました。早速行ってみると、運良く空室がありました。室内はまずまず、ホットシャワーも出ます。1泊825Rsと手ごろなのでチェックインしました。

 CKT Innはニューマーケットに面するリンゼイストリートの、リンゼイホテルから数十メートル東にいったところにある古いビルです。入口が分かりにくいですが、写真のように看板がかかっています。スタッフは皆親切です。ニューマーケットの鐘の音や通りのざわめきが聞こえてきますが、苦になるほどではありません。

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インド(13) ムーガルサライ

 2007年1月3日水曜日の午後、バラナシからムーガルサライに向かいました。14:10にゴードウリヤーの交差点からオートリキシャーを拾いました。200Rs。

 車は南に向かい、ガンガーに架かる浮き橋を渡りました。対岸からは石畳の道が続き、リキシャーが大きく揺れます。乗り心地はかなり悪いものでした。

 15:20にムーガルサライ駅前に到着しました。所要時間70分。17:05発の特急を待つ間、駅前と駅構内を巡回しました。駅前はバラナシーの玄関口として活気に溢れています。駅はかなり大きく、ひっきりなしに列車が行き交い、そのたびに乗降、買い物、荷物の積み下ろし、水の補給などが行われています。

 列車は18:30に到着しました。2番ホームに入るとアナウンスがあったのに、いきなり3番ホームに入線しました。私が乗車する2ASleeperの車両を探します。しかしなかなか見つからず、かなり焦りました。時間がないので乗車後に車内で探し、やっと2Aにたどり着きました。2Aの車両の外にはAC Sleper Car と表示されていたのです。列車は1時間45分遅れの18:50に出発し、コルカタに向かいます。

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インド(12) サルナート

 2007年1月3日水曜日にサルナートに行きました。サルナートは仏陀が初めて説法をしたとされる場所です。

 10:55にヴァラナシー駅前からオンボロバスに乗り込みました。乗客が満員になった11:25に出発しました。11:55に到着、運賃はなんと8Rs。

 入口で入場料金100Rsを支払い中に入ります。ストゥーパ(仏塔)のまわりをチベット仏教徒が歩いています。五体投地をする信者も見かけます。

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インド(11) プージャ

 ヴァラナシーのガンガーでは「プージャ」(礼拝)が見られます。ダシャーシュワメード・ガートでは夜に華やかなプージャが行われていますが、私には「見せ物」にみえて仕方がありませんでした。

 感じるものがないので、周辺を歩いていると、マニカルニカー・ガート(火葬場)に近い川岸で、素朴なプージャを見かけました。一人の青年が一心に祈りをささげる姿に心を打たれました。子供たちも鐘を叩いて手伝っています。火葬場に近いからかもしれませんが、魂に訴えかける何かを感じることが出来ました。

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インド(10) ヴァラナシの旧市街地

 バラナシの旧市街地への入口となるゴードウリヤーGODOWLIAの交差点から旧市街地に向かう道路は、きらびやかな広告で飾り付けられています。道なりに右側(南より)に進むと野菜市場があります。

 南北方面には入り組んだ細い路地が広がっています。土産物屋やゲストハウスも数多くあります。初めて来る人は迷子になるかもしれません。

 イスラム教地区から北上してゴードウリヤー交差点に向かう道では大渋滞にあいました。少しも進まないため、リキシャーを降ろしてもらいました。

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インド(9) ヴァラナシーのガンジス川

 バラナシのガンガー(ガンジス川)は、沐浴をするヒンドゥー教徒、それを見学する観光客、遺体の火葬など、様々な風景がみられます。最近は対岸で散歩を楽しむ人々が増えてきているそうです。

 ガンガーには実にゆったりとした時間が流れています。夕暮れのガンガーにはたくさんの凧が上がっています。

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インド(8) ヴァラナシーの牛

 ヴァラナシーではたくさんの牛をみかけました。中心市街地の交通量の多い道路にも牛が横たわっています。旧市街地の路地にも牛がうろうろしています。こんな日陰にいて気持ち悪くないのでしょうか。

 ガンジス川の河畔にはたくさんの水牛がいます。水浴びをしたり、飼い主に体を洗ってもらっています。角を突き合わせてじゃれあう水牛もいます。

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インド(7) ヴァラナシーの糞

 ヴァラナシーのガンガー沿いの堤防の斜面には、牛の糞が干してあります。街のあちこちで牛が落とした糞を拾い集めて、写真のように、ちょううどいい形に丸めて壁に押し付けます。並べられた糞は、何か美しささえ感じます。

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インド(6) ヴァラナシーのペイント

 ヴァラナシーではたくさんの宣伝ペイントに出会います。細い路地に、カラフルな案内が描かれています。日本語のものもみかけます。不思議と心がなごみます。よく見ると、筆跡が似ているので、同じ人が書いているのかもしれません。

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インド(5) ヴァラナシへ

 2007年1月1日、アラハバードからヴァラナシに移動しました。新市街にあるCivil Lines bus standから10:00発のバスに乗車しました。出発後、車内で料金を払います。確かAC車で150Rs(?)くらいでした。途中の休憩はなく、12:45にヴァラナシ駅前に到着しました。

 リキシャーで旧市街に向かいました。本日の宿は旧市街の「ガンガー・フジ・ホーム」というゲストハウスでした。元旦の宿泊なので、日本から予約していきました。当日は満室で、予約しておいて良かったと思います。

 この宿を選んだ理由は「地球の歩き方」の記述に興味を持ったからです。「オーナーは基本的にいい人だが多少がめついところがある、など賛否両論あり。」という文章です。実際に会って確かめてみようと思いました。

 オーナーはとても楽しい人です。別に、「がめつい」ところはない、と私は感じました。おそらく、旅行者のリクエストに対してそのつど料金を徴収するからそのような投書があったと推測します。しかしそれは旅行業界の人間なら当然のことです。客の前で札束を平気で数えている姿にはびっくりしましたが。日本語がかなり堪能な方です。何かアクシデントが発生した場合などは頼りになると思います。

 最上階のレストランはリーズナブルだし、冷たいビールも飲むことができました。夜はたくさんの欧米人でにぎわっていました。屋上からは市街地とガンガーを望めます。

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インド(4) アラハバード

 アラハバードではガンガーとヤムナーが合流します。合流点(サンガム)はヒンドゥー教の聖地です。伝説では、地下からサラスワティ川が合流していると言われ、合流点の水には魂を清める力があるとされています。

 インド各地からたくさんの巡礼者が沐浴に訪れます。私が訪問した3日後の2007年1月3日から2月26日は、6年に1度開催されるArdh Melaと呼ばれるreligious fairの期間でした。これは12年に1度開催されるMagh Meraのちょうど中間にあたります。

 Meraには数十万人以上の巡礼者が訪問するそうですが、間違いなさそうです。広大な空き地には無数のテントが設営され、巡礼者を向かい入れる準備が整っています。Mera期間には一体どんなことになるのでしょうか。

 12月31日も多数の方が沐浴されていました。合流点にはアクバル帝が造営した城もあります。市街地からはリキシャーでは30分くらいかかるので、バイクか車で行ったほうがいいかもしれません。

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インド(3) アラハバードへ

 ガンジス川とヤムナー川の合流点にあるアラハバードを訪問しました。2006年12月30日土曜日、ニューデリー20:40発Swatantrata Sainani Expressの1A classに乗車しました。出発は定刻より25分遅れの21:05でした。

 1A寝台にはじめて乗車しましたが、4人乗りで内側から鍵のかかるコンパートメントでした。1Aは寝台数が極めて少なく、乗車直前の確保は困難です。私はインド旅行でお世話になっているセナさんにチケットを取ってもらいました。価格はアラハバードまで1768ルピーでした。2Aの2倍します。

 12月31日、定刻より1時間35分遅れの7:15にアラハバード駅に到着しました。駅北側の新市街にリキシャーを走らせ、大晦日の宿、ホテル・ミランパレスにチェックインしました。Lonely Planetで調べたところ、このホテルが一番良さそうなので、セナさんに予約しておいてもらいました。1泊2200ルピー(約6000円)でした。大晦日なので特別に奮発しました。

 ホテルは全体が黒と白を基調としたデザインで統一され、広くて清潔感が漂っています。ベッドもふかふか、お湯もたっぷり出る、バスタオルがやわらかい。ニューデリーで同格のホテルなら間違いなく150ドル以上はすると思います。中級以上の旅行をされる方には是非お薦めしたいホテルです。

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インド(2) ニューデリー駅前

 12月28日木曜日、タイのスワンナプーム国際空港を25分遅れの17時55分に離陸したTG623は、定刻の20時30分にデリー国際空港に到着しました。空港内のトーマスクックで両替を済ませ、迎えの車でホテルに向かいました。

 29日金曜日は朝9時からニューデリー駅周辺を散策しました。駅前広場はオートリキシャーで埋め尽くされています(写真1)。

 駅から西にパハール・ガンジ(通称メイン・バザール)という安宿街が伸びています(写真2)。雰囲気は古びた商店街といった感じです。あちこちに安宿の看板があります。欧米人や東洋人とすれ違います。

 しばらく歩くと「野菜市場」(地球の歩き方)がでる広場があります(写真3)。9時30分ごろ訪れたので店はほとんど出ていませんでした。さらにまっすぐ行くと「メトロポリス」というレストランがあります(写真4)。30日の夜に食事をしましたが、店の雰囲気は悪くありません。

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インド(1) 年末年始の北インド

 年末年始に北インドを旅行しました。2度目の訪問です。今回は、前回の反省を踏まえて、「濃霧に負けない北インド旅行計画」を立てました。

 計画のポイントは、①頼りないエアインディアは使わない、②濃霧で欠航の多い国内線も使わない、③デリーoutは避ける、の3点でした。

 したがって今回は、TG(タイ国際航空)を使い、デリーinコルカタout12日間の旅行になりました。

12月28日(木)関空→バンコク→デリー                               29日(金)デリー                                             30日(土)夜行寝台でデリー発                                   31日(日)アラハバード                                        1月1日(月)アラハバード→(バス)→バラナシ                                          2日(火)バラナシ                                           3日(水)夜行寝台でムーガルサライ発                               4日(木)コルカタ                                            5日(金)コルカタ                                             6日(土)深夜便でコルカタ発                                     7日(日)深夜便でバンコク発                                     8日(月祝)7時10分関空着   

 これからしばらく、写真を交えながら私の北インド旅行を紹介していきたいと思います。                                                                             

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