カンボジア(17) ポルポト派の残虐行為
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2007年1月3日、ムガルサライ17:10発のBikaner/Jodhpur Howrah Expressは定刻より1時間40分遅れの18時50分に出発し、コルカタのハウラー駅には翌4日の4;50に到着しました。まだ真っ暗です。
5:30にタクシー(100Rs)でサダル地区に向かって出発しました。まず宿を確保しなければなりません。車中泊でしたので、確実にホットシャワーが使えそうな中級ホテルを探しました。しかしリットン、アストリア、リンゼイすべて満席でした。
途方にくれてサダルストリートのブルースカイカフェで一休みしながらロンリープラネットで中級宿を調べてみると、CKT Innというホテルがありました。早速行ってみると、運良く空室がありました。室内はまずまず、ホットシャワーも出ます。1泊825Rsと手ごろなのでチェックインしました。
CKT Innはニューマーケットに面するリンゼイストリートの、リンゼイホテルから数十メートル東にいったところにある古いビルです。入口が分かりにくいですが、写真のように看板がかかっています。スタッフは皆親切です。ニューマーケットの鐘の音や通りのざわめきが聞こえてきますが、苦になるほどではありません。
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偶有性は子育てにも有効な概念です。子供にとって「セキュアベース=安全基地」は「親」です。「親とは、人生の中で自分ができるかどうか分からない不確実なものにチャレンジする時の基盤を確保してくれる人」であり、「自分を温かく守ってくれるもの」なのです(p.174)。
ただ、安全基地は「過保護」とは違うと茂木先生はいいます(p.174)。「安全基地の役割とは、子どもがあくまでも自主的に挑戦しようとすることを、後ろからそっと支えてあげること」「見守ってあげること、見てあげることこそが、安全基地のもっとも大切な要素」なのです(p.175)。
「安全基地を持つことができない子どもは、大人になってからも非常に深刻な問題を起こすことが多い」そうです(p.176)。「セキュアベースがないため、さまざまなことに心おきなくチャレンジすることができな」いので「どうしても引っ込み思案」になってしまい、このため「他者とのコミュニケーションが円滑に進まず、大きなストレスを抱えること」になります。
親に深く愛された子どもは、他者とうまくコミュニケーションをとることができ、積極的に新しいことにチャレンジできるのです。「人間の発達過程において、セキュアベースは非常に重要」なのです(p.176)。
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「偶有性とは「セキュア(secure)=予想できること」と「チャレンジング=新しいこと」がうまく混ざっている不確実な状態」であり、人生ではこれらの組み合わせ方が大切だと、茂木先生は指摘します(p.168)。
「セキュアーベース=安全基地が固められてこそ、チャレンジができ」ます。どちらか一方に極端でもダメで、バランスが大切です(p.168)。人生でも企業経営でも、武器となるコア技術、コアスキルを保持していることが必要なのです。
新しい分野への進出は「不確実性」が高く、不安に思うかもしれませんが、同時に「脳にとって心地よい」ものなのです(p.178)。不確実な状況に置かれると、ドーパミンが放出され、脳が楽しさを感じるのです。脳に不確実性を求める傾向があるから、様々なものに試行錯誤して人類に進化が起きたと茂木先生は語ります。
不確実性は学習にも応用できるはず、と茂木先生は指摘します。出来ると分かっている問題を解いても脳は喜びません。「自分にできるかどうか分からない、そういう「難しさ」に挑戦して乗り越えたときに初めて、僕たちの脳はかけがえのない喜びを感じるようにできている」(p.179)のです。
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「偶有性」とは、半分は安全で予想できること、半分は予想できないこと、この両方が混ざっている状態のことで、脳は、この予想できることと意外性のあることが混ざっている状態こそ、楽しいと感じる、と茂木先生は指摘します(p.166、167)。
私はこの「偶有性」という言葉から、野球を連想しました。野球というスポーツの最大の面白さは、誰でも試合展開を組み立てながら観戦できる点にあると思います。また、誰も予想できない意外な結果が出ることも大きな楽しみであります。
野球こそ、予想できることと予想できない意外性がうまく組み合わさったスポーツであり、このため、誰でも監督になった気分で試合を楽しむことができるのです。
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2007年1月3日水曜日の午後、バラナシからムーガルサライに向かいました。14:10にゴードウリヤーの交差点からオートリキシャーを拾いました。200Rs。
車は南に向かい、ガンガーに架かる浮き橋を渡りました。対岸からは石畳の道が続き、リキシャーが大きく揺れます。乗り心地はかなり悪いものでした。
15:20にムーガルサライ駅前に到着しました。所要時間70分。17:05発の特急を待つ間、駅前と駅構内を巡回しました。駅前はバラナシーの玄関口として活気に溢れています。駅はかなり大きく、ひっきりなしに列車が行き交い、そのたびに乗降、買い物、荷物の積み下ろし、水の補給などが行われています。
列車は18:30に到着しました。2番ホームに入るとアナウンスがあったのに、いきなり3番ホームに入線しました。私が乗車する2ASleeperの車両を探します。しかしなかなか見つからず、かなり焦りました。時間がないので乗車後に車内で探し、やっと2Aにたどり着きました。2Aの車両の外にはAC Sleper Car と表示されていたのです。列車は1時間45分遅れの18:50に出発し、コルカタに向かいます。
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「変人であることの自由」(p.152)が許容される社会。茂木先生は、アメリカやイギリスをこう評しています。変であること、「自分の好きなことをとことん追及することが許される」社会であるので、自分の「好き」に思う存分突っ走ることができるのです。結果的に、突出した人材が輩出されるわけです。
一方、日本には「ほかの人と一緒でなくてはいけない」という無言の圧力(p.153)、「平均値に引きずり下ろそう」という圧力(p.154)があります。これは「和を大切にする文化」でもありますが、「グローバルな競争の時に、足かせになる場合もある」と指摘します。
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シェムリアップからプノンペンへは飛行機に乗ることにしました。3月28日金曜日に、シェムリアップの中心街・オールドマーケット近くにあるTOUREX ASIAという旅行会社でチケットを予約しました。
プノンペンまでの運賃は86ドルですが、空港利用税6ドルと訳の分からない追加料金7ドル合計13ドルを空港で払うよう旅行会社から言われました。追加料金は1ランク上の座席代金だそうです。納得できませんが、チケットを購入しました。
シェムリアップ中心部から空港までバイクで15~20分です。空港利用税は5ドルで、追加料金を払う必要はありませんでした。いい加減な旅行会社ですね。
11:05発のシェムリアップ航空993便は11:00搭乗開始、11:10に離陸しました。飛行機はバンコクエアーのプロペラ機を使用しています。機内食はアジア人と欧米人で違うものが提供されていました。
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①僕等の時代 ②愛の中へ ③思い出を盗んで ④秋の気配 ⑤眠れぬ夜
私の好きなオフコースの曲ベスト5は以上の5曲です。第1位の「僕等の時代」は、愛をテーマにした曲が多いオフコースの中では、珍しく「人生の応援ソング」のような感じの曲です。曲の終わりが、未来へ射す光が広がっていくようなイメージがあります。
第2位の「愛の中へ」は、基本的にラブソングなのですが、何か力強く背中を押してくれる感じのする曲です。曲の中での抑揚が絶妙な名曲です。「僕等の時代」と「愛の中へ」はオフコースの武道館コンサートのDVDにも収録されているはずなので、是非見てください。
第3位の「思い出を盗んで」は、前期オフコースらしさのよく出た愛の歌です。曲のかもし出す「まったり感」が何とも言えません。「喋りすぎた冬の日の午後はこぼれ落ちた愛の始まり」という歌詞にあるように、情景がすぐ浮かぶフレーズが素晴らしい。
第4位の「秋の気配」は、私がオフコースを好きになるきっかけになった曲です。ラジオから流れるこの曲を聞いたとたん、私はオフコースの世界に吸い込まれていったと思います。
第5位の「眠れぬ夜」は、初期オフコースの名曲です。のちに西城秀樹もカバーしたと記憶しています。
「隠れたB級名曲」として、「めぐり逢う今」「ひとりで生きてゆければ」「「こころは気紛れ」「やさしさにさようなら」なども挙げておきたいと思います。「生まれ来る子供たちのために」は佐藤竹善さんもカバーした名曲です。
オフコースのヒット曲「さよなら」「Yes-No」なども名曲ですが、上の5曲はオフコースらしさがよく出ているので大好きです。ただ、「言葉にできない」には、何か違和感を感じます。最近また見直されている名曲ですが、オフコースらしくないと私は個人的に感じるのです。松任谷由実の「春よ、来い」のように、「らしくない何か」が気になります。
また、鈴木康弘さんがいた5人時代のほうが素晴らしいと個人的には思います。私がファンになったのは再結成後の4人時代末期なのですが、聞き比べてみると、やはり5人時代のほうがメロディーがいいですね。ヒット曲はことごとく小田さんの作詞作曲ですが、鈴木さんがいることでオフコースの素晴らしさが出ているように感じます。ちなみに、鈴木さんの作詞作曲のなかで最も好きな曲は「潮の香り」(「アルバム「JUNKTION」所収)です。
オフコース解散後も、しばらく小田さんのコンサートには欠かさず参加していましたが、ある時期から「やっぱり、違うな」と感じ始めて、コンサートに行かなくなりました。小田さんのCDも次第に買わなくなりました。「透明感がありすぎるな」と感じるのです。うまく表現できませんが、オフコースのどこかヘビーな「どろっとした感じ」がないのです。
しかし、現在でも第一線で活躍する小田さんを、私は応援しています。ファルセット(うらごえ)全盛時代の今日でも、地声であの伸びのある高音を発することのできる稀有な歌手です。欲を言えば、「5人のオフコース」の復活を夢見ています。
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シェムリアップの街を歩いていると、サトウキビジュースを売る夫婦に出会いました。奥さんに日本語で声をかけられ、話を聞くことにしました。
奥さんは日本語を勉強し、京都の工場に研修にも行ったことがあるそうです。帰国後はみやげ物屋で働いています。日本語がしゃべれるので、他の店員さんより給料はいいそうです。しかし、機会があればもう一度日本に行って働きたいと言っていました。
旦那さんはダンスクラブでナンパしたそうです。毎日サトウキビジュースの屋台を出しています。サトウキビの表皮を剥いで、機械にかけて搾り取ります。サトウキビに少量のオレンジを入れて搾るので、出来上がったジュースはオレンジの味がついています。暑い日はたくさん売れるそうです。
奥さんは今妊娠していて、仕事を休んでいますが、旦那さんの仕事を手伝っています。夫婦はとても幸せそうです。
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長谷川さんは5年間在籍したエンゼルスから低年棒を提示され、退団してフリーエージェント(FA)宣言しました。エンゼルスには愛着、忠誠心もあるし、そもそも「人間は変化を好まない生き物」であり「安定を求める」ので、移籍は嫌だったのです(p.36)。
しかし監督、コーチ、選手であれ、所詮「雇われ人」なのだから、賃金カットやトレードを拒否できないのです。ノーという権利はないことを、彼は十分自覚していたのです。
また、FA宣言して移籍すれば、新しい環境に身を置くことになり、楽しみが増える、新しい自分を見つけることができると、前向きに捉えるようになったといいます(p.39)。「安全よりも、ハイリスク・ハイリターンを選んだ」のです。「仕事では4、5年に一度、こうした環境の変化がないと、職場や仕事に対して緊張感が保てない」(p.47~48)ので、「人間には変化が必要」なのです。
移籍後、長谷川さんは例年より精神的・肉体的に疲れていることに気づきました。環境が変わり、「人間関係を新たに築くことに気を遣わなければならなかった」からです(p.46)。「これは悪いことではない」と彼はいいます。環境が変わればストレスがかかる、「これは人間として正常な反応」なのです(p.47)。
我々「雇われ人」は、雇われている以上、勤務地や職種を選択する権利を持たないのです。このような「自分にコントロールできないこと」にこだわってネガティブにならず、「雇われていることを認識した上で、自分でコントロールできる部分に意識を集中する」ことが、自己管理術の基本的な考え方だと指摘します(p.49)。
安定より変化を求め、新しい環境で緊張感を保ちながら新しい自分を見つけ出す。「雇われ人」であることを自覚し、変化を求めて行動することが大切だと思います。
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プノンペンからシェムリアップへのスピードボートに乗るとき、頭に入れておきたい点が一つあります。それは、プノンペンでバス(乾季)に乗り込むとき、業者の「トンレサップ湖からシェムリアップへの足を今のうちに確保しておかないか?」という誘いです。
業者によれば、むこうの船着場にはバイクはほとんどなく、シェムリアップに行くには一苦労だ、ということでした。値段を聞くと、たった1ドルです。安すぎるなーと疑問に思いながらも依頼しました。
プノンクロムに近いボート発着所には、たくさんの人が待っています。私の名前が記された紙を持った男の人がいました。早速声をかけ、彼のトゥクトゥクに乗り込もうとしたところ、「シェムリアップに行くにはお金がいる」と言いました。
私はプノンペンですでに払った1ドルでシェムリアップに連れて行ってくれると思っていたので、「何ゆうてんねん、もう金払ったで」と運転手に言いました。彼は「いや、あかん、金が必要や」と言い張りました。私はとっさに、「この運転手とプノンペンの業者はグルになって僕を騙している」と判断し、「あほか、ええ加減にせえ」と怒って、乗車拒否しました。彼はかなり狼狽していましたが、僕の怒りをみて、逃げていきました。
興奮を沈めるため、しばらく周辺を散策しました。子供たちの笑顔を見ているうちに、機嫌もなおってきました。冷静に考えてみると、発着所からシェムリアップまで1ドルなんて安すぎるのです。1ドルは発着所での足の予約料だったのでしょう。最初からそう言ってくれたらよかったのに…。
ただ、発着所にはたくさんのバイクやトゥクトゥクが停まっていました。「バイクはほとんどない」といってたプノンペンの業者は嘘をついていたことになります。小遣い稼ぎなのでしょう。結局、別のバイクでシェムリアップまで5ドルで乗せてもらいました。
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