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JR向日町-西大路間の新駅

 JR東海道線の向日町駅と西大路駅の間に新駅の建設が進んでいます。電車から見ると、島式ホームと駅舎は完成に近づきつつあります。

 情報によれば、2008年の秋に開業するそうです。当初はもっと早く完成する予定でしたが、駅前整備計画の関係で遅れたらしいのです。駅名は不明です。阪急に対抗して、JR桂駅になるのではないか、ともささやかれています。快速が停車すれば、阪急との競合が激しくなりそうです。

 駅前は道路や駐輪場の設置が進んでいるようです(写真)。完成後は洛西ニュータウンや桂坂がバスで結ばれるはずです。また、広大なキリンビール工場跡地(写真)の利用も注目されます。JR新駅と阪急洛西口駅の2WAYアクセスが可能なので、マンションなどの住宅が建設されれば、かなり人気になるでしょう。

 建設は順調に進んでいますが、予定通り08年秋に完成するのかどうか少し心配です。今まで、何度も計画が延期になってきたからです。もう大丈夫だと思いますが、JR西日本さんには、今度こそ予定どおり開業することを期待します。

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フィリピン(9) バナウェ

 バナウェは、棚田観光の拠点都市です。街は小さいのですが活気があります。尾根づたいに発展しているので、建物が急斜面にへばりつくように建っています(写真)。

 中心部にはバスや車、トライシクルなどの出発地となるスペースがあり、隣接するビルの地下には市場があります(写真)。

 私が訪れた07年12月31日から08年1月2日にかけては、冷たい小雨が降り続き、濃い霧に覆われました(写真)。現地の人によると雨季らしいのです。地球の歩き方の気候分布図(p.11)によれば、バナウェ付近は「雨季と乾季の明確な区別はないが、だいたい1~3月が乾季となる」エリアに属しているはずなんですが。バギオは乾季らしいのですが、棚田で有名なボンドックあたりはひょっとしたら乾季かもしれません。

 いずれにせよ、年末年始のバナウェ旅行は毎日雨なので私はお薦めしません。

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「超」強育論(4)

 宮本哲也先生は「面倒見のよい学校」についても検討されています。面倒見のよい学校とは、①宿題や小テストが多いので、塾に行く必要がない。②課題がたくさんあり、何を勉強しようか悩む必要がない。③成績が悪いと強制的に補習授業への参加が義務付けられる。④言われたとおり勉強するだけで志望大学に受かる、などです(p.66~67)。

 このような学校で勉強していると、自分で物事を判断する機会が少ないので何も決められない人間になってしまう、といいます。

 面倒見がよいということは、言い換えれば「自由度が低い」(p.69)と宮本先生は指摘します。「自分で判断する必要がないということは、判断する自由がないということ」、「困ることがないということは、成長する機会がないということ」(p.69)なのです。

 面倒見の悪い、つまり自由度の高い中学高校で学び、大学受験すべきだと宮本先生は薦めます。

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フィリピン(8) バタッドの集落

 バタッドの集落を見学しました。四角錐の藁葺き屋根を持つ家屋がみられます(写真)。フィリピンの山村には、入口に家畜の頭が飾ってある家(写真)が多いような気がしました。集落の中心には教会があります。ちょうど元旦でしたので、炊き出しもあり、多くの住民でにぎわっていました。

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木内流 子供の力の引き出し方(5)

 木内監督は少年野球出身者を積極的には勧誘しないそうです。野球をやる中学生は、①硬式の少年野球チーム、②軟式の少年野球チーム、③中学校の部活の軟式チーム、このどこかに所属していますが、①と②のチーム出身者を強く勧誘しないということだと思います。

 とくに①の選手は硬式のボールに慣れているため、即戦力として強豪校から勧誘を受けます。また、各チームから特定の強豪校へのルートが完成されている場合があります。両者の間にブローカーが介在したり、度を越した特別待遇による高校入学などが、昨年の「特待生問題」で疑問視されたわけです。

 木内監督が①あるいは②の生徒を強く勧誘しない理由は、「少年野球の出身者は、共通して、フォア・ザ・チームの意識が薄い」からだそうです(p.113~114)。チームとして大事なことがわかっていないから、①②の出身者が入ってきた場合は、その点を徹底して教え込むそうです。

 さらに、選手のスカウト活動も監督自身はやらないそうです。その理由が印象的です。「七十になる俺が十四、五の子供のところにいって、ウチにきてくださいって頭を下げるのが、子供の教育になりますか」(p.113)。

 大監督から勧誘されれば、うちの子は実力がある、レギュラー・背番号は間違いなくもらえる、(高校に)行ってあげるんだ、などと勘違いする選手と保護者が出てくる可能性があります。うちの子は○○監督から誘われた、などという「勲章」をひけらかすケースも出てくるでしょう。木内監督がおっしゃるように、これは本人のために明らかによくないことだと思います。

 高校野球は勝負の世界です。実力がものを言う世界であり、さらにチームワークが必要な団体スポーツなのです。これらの点を考慮されて、あえてご自身からは積極的に少年野球出身者を引き込まない木内監督は、教育者として立派だなと思います。

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「超」強育論(3)

 算数の学力とは計算力ではなく思考力である、と宮本先生は指摘します。

 計算はすぐに結果が出るので、いくら計算力をつけても、ものを深く考える訓練にはなりません。計算だけ強化している子、日々の計算練習に抵抗を感じない子は、ものを考えない子=堪え性のない子(p.42)、「思考の芽を摘まれてしまった子」(p.44)になってしまうのです。

 「計算は正確でありさえすればそれほどスピードは必要ありません」と断言します(p.66)。本当の勝負は「自分が出した答えに誤りがないかどうかをあらゆる方法を駆使して確認」する「集中力と考える深さ」なのです(p.64~65)。

 算数で養われる思考力とは、「情報を取捨選択する能力」と「条件を整理する能力」であるといいます(p.62)。この二つの能力が自分で判断する力であり、「自分に合った生き方を見つける」、つまり生きる力なのです。

 計算の速さは重要ではなく、考える深さと数学的思考力を養うことが算数・数学の上達を意味する、と宮本先生は強調します。

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フィリピン(7) バダッド・ライステラスその3

 2008年1月1日、バダッドのライステラスに到着しました。受付のような小屋の向こうには壮大な棚田が広がっています。

 棚田は石垣で作られています。「そこまで作らんでええやん」というくらい高い所まで田んぼがみられます。

 すり鉢状に広がる棚田の底の集落には、四角錐の屋根を持つ民家があります。

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速読と野球

 速読の達人が150キロの速球を打ち返す。3月21日金曜日の探偵ナイトスクープで驚くべきシーンが放送されていました。

 速読の達人は40代くらいの女性で、打つ前から「多分打てると思う」と自信満々でした。野球など全く未経験な女性が、バッティングセンターの150㌔の直球をバットに当てていました。信じられない映像でした。

 その女性は「脳の回転数が高いから」、高速で動くボールがゆっくりに見えて打てると言ってました。速読が可能な脳が速球を打ち返すわけです。速読により脳のどの部分の能力が高まり、それが打撃に活きるのか、非常に興味深いところです。

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木内流 子供の力の引き出し方(4)

 木内監督は、最近の高校球児の気質を、次のように述べています。

①戦う意識が欠落している(p.97)。                                    ②競争心があまりない(p.97)。                                       ③自立心、自己主張に欠ける(p.96)。

④自分の殻、立場、縄張りを持ち、そこから出たがらない。自分をまず考える(p.99)。      ⑤まとまりづらい、団結しにくい(p.98)。

 ④⑤が強いので、チームプレーを教え込むことが難しいそうです。さらに「キャプテンの適任者がいない」といわれています(p.98~99)。

 逆に、「昔の子以上にまじめ」だそうです(p.98)。まじめさは試合にも表れます。自軍が劣勢だと沈んでいくが、ちょっといいきっかけがあると、一気に盛り上がる、といいます。

 高校野球では一度に大量得点が入ることがよくあります。ジェットコースターのように生徒の心理は大きく揺れ動きます。そこを乗り越える、乗り越えられないところに、高校野球の面白さがあると思います。

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フィリピン(6) バナウェ

 バナウェは、棚田観光の拠点都市です。街は小さいのですが活気があります。尾根づたいに発展しているので、建物が急斜面にへばりつくように建っています(写真)。

 中心部にはバスや車、トライシクルなどの出発地となるスペースがあり、隣接するビルの地下には市場があります(写真)。

 私が訪れた07年12月31日から08年1月2日にかけては、冷たい小雨が降り続き、濃い霧に覆われました(写真)。現地の人によると雨季らしいのです。地球の歩き方の気候分布図(p.11)によれば、バナウェ付近は「雨季と乾季の明確な区別はないが、だいたい1~3月が乾季となる」エリアに属しているはずなんですが。バギオは乾季らしいのですが、棚田で有名なボンドックあたりはひょっとしたら乾季かもしれません。

 いずれにせよ、年末年始のバナウェ旅行は毎日雨なので私はお薦めしません。

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長谷川滋利「自分管理術」(1)

 長谷川滋利『チャンスに勝つ ピンチで負けない 自分管理術』(幻冬舎文庫、2005年)を読みました。

 自己管理術の基本は、自分にコントロールできるものとできないものを分け、自分でコントロールできる部分に意識を集中していくことだ、と長谷川さんはいいます(p.49)。

 「自分は、出来ることしか出来ない。コントロール出来ないことは、あきらめる。余計なことは考えず、自分の仕事に集中する」という発想に徹すと、「自分の仕事によりフォーカス(集中)することが可能になった」といいます(p.54)。

 長谷川さんも「コントロール出来ないものほど、何とかしたいという誘惑が強い」と指摘されていますが、私たちは、自分に与えられた目の前の仕事より、自分を取り巻く環境や枠組み、制約などに意識を集中し、そちらにエネルギーを向けすぎているのです。

 今までの自分はまさにコントロール出来ないものをコントロールするのにより多くのパワーを注いできたような気がします。目の前の課題に丁寧に取り組むよう頑張ります。

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篤姫と囲碁

 NHKの大河ドラマ『篤姫』で、篤姫と島津斉彬や肝付尚五郎が囲碁を打つシーンがよくみられます。原作か関連文献に、篤姫が囲碁を好んで打っていた記述が残っているからではないかと推察されます。

 斉彬の手は形の急所に打たれていました。製作者の研究の成果が表れていると思います。囲碁が大好きだったといわれている『徳川慶喜』には囲碁を打つシーンは全く出てこなかったのとは対象的に、とても好感が持てます。

 囲碁は古来から、公家や武家などの上流階級には特に普及していた文化です。戦国時代や明治維新をよく扱う大河ドラマにおいて、主人公が囲碁好きならば、なるべく囲碁を打つシーンを取り入れてほしいと思います。

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「超」強育論(2)

 宮本先生は「中学受験で中高一貫校に行き、大学受験で自分の生きる方向を決めるのが望ましい」といいます(p.37)。

 その理由は、大学受験のために努力する経験が必要だからです(p.37)。もし大学の付属校に入ると、大学受験はありません。さらに、学校の成績によって進学学部が決まってしまう欠点があります(p.36)。

 小中高大、あるいは中高大一貫校に人気が集まっている理由について宮本先生は、「子どもに楽をさせたい」、「つらい目に遭わせたくない」という考えがあると指摘します(p.35)。しかしこの考えは、子どもを「努力のできない人間になってもかまわない」「若い頃の苦労は買ってでもしろ!の逆をやっている」のです(p.35)。

 全く同感です。子どもに楽をさせてはいけないのです。「大学受験は人生の方向を決める重要な機会」(p.36)です。大学受験は「自分の限界」に挑戦し、自分自信の力で壁を乗り越える貴重な機会なのです。その機会を子どもから奪う権利は、親といえでも持ち合わせていないと私は考えます。

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フィリピン(5) バダッド・ライステラスその2

 バダッドのジャンクションからライステラスまでは、峠を越えなければなりません。峠までは道幅は広いのですが、舗装されていません。土がむき出しのところもあります(写真)。

 峠はsaddleと呼ばれています(lonely planet p.174)。屋根つきの休憩所があります(写真)。どうやらここまでジプニーかトラックが通行可能のようです。トライシクルは通行不可能なので、一般の旅行者はジャンクションから徒歩になります。

 峠からライステラスまでは「けものみち」です(写真)。狭い上にがけ崩れしている箇所もあり、油断はできません。右手の谷間に小規模な棚田が見え始めると、バダッドに到着です。片道2時間弱はかかります。急がず一定のペースで歩いたほうがいいと思います。

 帰り道には、峠までに分かれ道があります(写真)。右手の階段が地元の人が使う近道のようです。一般の旅行者は左側に進み、峠を目指します。

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フィリピン(4) バダッド・ライステラスその1

 バナウェからバダッドのライステラスを見に行きました。バダッドへ行くには、ジャンクションまでの未舗装道路をトライシクルで約1時間、そこから峠の上り下りを徒歩で2時間、合計片道3時間かかります。

 ジャンクションまでの往復は、観光案内所(写真)で予約します。往復650ペソです。各宿泊所には写真のように、各観光地への規定交通料金が掲示されています。

 2008年1月1日火曜日の朝7時45分に宿を出発しました。サイドカーが付いたバイク「トライシクル」の運転手は23歳の青年です(写真)。子供が3人いるそうです。

 ジャンクションまでの道は、ところどころコンクリートで舗装されていますが、ほとんどが未整備です。雨季なので悪路が続き、大きく揺れます。いくつかの集落を通過し、約1時間で到着します。

 「ジャンクション」というくらいなので、集落があるのかなと思っていましたが、実際は写真のようにただの「分かれ道」でした。みやげ物屋のような小屋が1件だけあります。

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「超」強育論(1)

 宮本哲也先生の著書『「超」強育論』(2006年、ディスカヴァー)を読みました。先生曰く、前著が「強い子供」、本著が「賢い子供」を育てる方法について書かれています。

 宮本先生は「親が子供をつぶしている」といいます(p.22~)。たとえば、親が子供の勉強に口を出しすぎると、子供の授業中の集中力が低下するそうです。

 親が子どもをつぶさないようにするため、宮本先生は、「子どもたちの面倒はまったく見ませんが、親の面倒はまめに」見るそうです(p.23)。「月に一回の父母会、年に二回の個人面談」を実施しています。

 意外ですね。親とも対話が少ないのかと思っていました。自分の子どものことになるとつい力が入ってしまう親御さんが多いので、親との情報交換は頻繁に行われているようです。

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木内流 子供の力の引き出し方(3)

 木内監督は「できる子を伸ばすより、ダメな子を引き上げろ」といいます。「できあがっていない人たちを一生懸命作ってやるのが、俺たち高校野球の監督の仕事」と言い切ります(p.103)。

 上は、高校野球レベルなら通用するので、放っておいても大丈夫。下のレベルを引き上げることによって、下位打線や控え選手の層が厚くなり、チームが強くなるといいます(p.103)。

 常総学院はいい選手を集めているから強いと思われがちですが、水戸商業の橋本實前監督によると「本当は違う」そうです。素質の素晴らしい選手は2、3人いるがそれ以外の選手には、木内監督が3年間かけて事細かに野球を教え込んでいる、と指摘されています(p.103)。

 下を押し上げるきめ細かな指導は、レギュラーを固定せず、すべての選手にチャンスを与えることにもなります。選手を競争させ、全体のレベルの底上げにもなります。

 さらに、「上の選手を伸ばす指導をしたほうが、結果がでかく出るから、えてしてそのおもしろさにはまりがち」(p.103)であると指摘されています。最近、上を伸ばす教育だけが注目されているような気がします。下を伸ばすところに教育者の指導力が問われるのです。

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センター地理B平均点

 平成20年度のセンター試験センター地理B本試験の平均点は66.36点でした。過去5年間の平均点推移を見ますと、54.99(03)→62.11(04)→70.22(05)→65.13(06)→58.41(07)、そして今年7.95点アップしたわけです。

 平均点が高すぎると翌年大幅に下がる、下がると翌年また上がる、という傾向を示していると考えられます。したがって、平成21年度は平均点が5点前後下がるのではないかと推測できるのです。

 毎年、平均点を目標数値近くにおさめるのは、出題者にとっては至難の業であると思いますが、過去のデータを活用して、なるべく変動の幅を抑えていただきたいと願います。

 また私は、毎年センター試験2日目の深夜に各予備校が発表する予想平均点にも注目しています。今年のセンター地理B本試験に関しては、河合塾が見事に的中されました。一方、Y予備校は70点(21日)→64点(22点)と迷走しました。S予備校が64点(21日)→66点(22日)でまずまずの結果となりました。

 平均点を的中させるには、かなりの分析力が要求されるはずです。普段からデータを蓄積し、平均点予測手法を確立されているのでしょう。河合塾さんは、普段の模擬試験でも問題を丁寧に作成されていますし、平均点予測にも総力を挙げて対応されていると推察されます。河合塾の地理担当の方々の誠実な姿勢に敬意を表したいと思います。

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算数を大好きにさせるインド教育(2)

 333333×333333は? インドの小学校5年生算数の授業も紹介されています。生徒全員がすぐに「111110888889」と答えます。

 3×3=9、33×33=1089、333×333=110889… 一桁増えるごとに、1と8を0の両側に足せば答えが出るのです。しかし、この法則は他の数字には当てはまりません。

 このような学習をする狙いについて、先生は「生徒に算数に興味を持ってもらい」、「『算数は楽しい』というイメージを生徒たちに小さな時から植え付けて」(p.62)いるといいます。「子供の頃から数字を使って遊ぶことで、算数への抵抗を取り除いている」のです。

 さらに、生徒が法則性を見出すと、「自分は想像力に富んでいると感じ、自信を持ちます。それがさらなる創造性へとつながっていきます」と先生は指摘します(p.63)。生徒は他にも法則性はないかと、休み時間に競い合って探しています。「こういう発見がうれしく、それが算数好きを作る」そうです。数字で遊べる、面白い、ワクワクする。「実に楽しそうに、イキイキと目を輝かせて」算数の授業を受けているのです(p.64)。

 学習の出発点においては、子供たちが楽しく学べるような教材を大人が用意してあげているのです。興味を持てば、子供たちは進んで学習に取り組むようになります。

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算数を大好きにさせるインド教育(1)

 NHKスペシャル取材班編著「インドの衝撃」(文藝春秋、2007年)のコラムに、インド人が数学や数字に強い理由が紹介されています。

 インド人は学校で99×99などの2桁の掛け算を暗記しているから数学に強いのだと思っている人が多いのではないでしょうか。しかし、事情は異なるようです(p.58)。

 インドの小学校では、2桁の掛け算を暗記している生徒はあまりいないそうです。代わりに、算数の授業の最初の10分に暗算を繰り返し行っています。先生が「89×73は?」と口頭で問い、生徒が即座に口頭で答えます。暗算によって計算力を維持し、脳を鍛えているのです(p.59~60)。

 また、家庭での学習環境も重要のようです。子供たちが両親と一緒に「計算ゲーム」を楽しむ姿が紹介されています。数字を使ったクロスワードパズルの盤上ゲームのようなものです。

 お父さんは「楽しみながらやる」ことが大切で、「興味を持って、楽しみながらやれば」、子供はどんどん学びたくなる、といいます。「子供たちが自ら進んで学ぶように促して」いるのです(p.67)。

 インドでは、理数系が高く評価されています。学校や家庭で、数学に強い子供を育てる工夫が施されているのです。

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私の好きな名言(10)

 河井継之助「天下になくてはならぬ人になるか、あってはならぬ人になれ(NHK「その時歴史は動いた」2008年3月5日水曜日放送分)

 幕末、越後・長岡藩の家老であった河井継之助は、新政府軍との対決か恭順かを迫られたとき、中立を申し出ましたが拒否されました。新政府軍との壮絶な戦いに敗れた河井継之助の言葉に感動しました。

 「あってはならぬ人になれ」が味わい深い言葉です。既存の社会や組織のあり方に疑問を持ち、あえて自分の意見を主張し、あるべき姿に近づける役割を果たす存在も必要なのだ、と私は解釈しました。

 「なくてはならぬ人」も「あってはならぬ人」も社会の進歩には不可欠であるといえるでしょう。「天下」の部分を今の自分に即して当てはめてみると、いろいろなことが見えてくるような気がします。

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木内流 子供の力の引き出し方(2)

 木内監督は「日本でいちばん長くグラウンドにいるのは俺だ」といったことがあるそうです(p.91)。誰よりも長く練習を眺め、選手の「全身の動き、フォームをみて(p.53)、「すべての選手の個性、特徴を見極め」ているのです。

 「ふだんの練習を通じて、選手個々の長所短所をはっきりと把握し」(p.54)、「選手の動きを頭のコンピュータにインプットしておいて」(p.56)、「場面場面で力を発揮できる選手、相性のいい選手」(p.90)を使って采配を振るうのです。

 監督には「選手の能力、特性を把握する眼力」、「観察眼」が要求されるのです。監督がそのような観察眼を持っていて当然だと思われるかもしれませんが、ここまで徹底した特徴の把握、試合で使える眼力を持つ監督は少ないといえます。この観察眼を持つ監督が「甲子園監督」なのでしょう。

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宮本哲也「強育論」(11)

 「短所と長所は表裏一体」と宮本先生は指摘します。短所の裏にその子の長所が隠れている場合があるといいます。

 たとえば、「のみ込みが悪く、要領も悪い不器用な子は、いろいろなことをそつなくこなすことはできませんが、ひとつのことに粘り強く取り組むことができる場合が多い」(p.26)のです。

 逆に、「ちゃらんぽらんで飽きっぽい子は頭がいい場合が多い」けれども、すぐにわかってしまうので、深く考えようとしない、粘りがない、「行き詰るとすぐに別の分野に逃げて」しまうのです。新しいものには飛びつくけれど、見直しや反復を極端に嫌がり」ます(p.26)。

 問題は、本当は不器用なのに自分は頭がよいと思い込んでいる人です。粘り強くコツコツと積み重ねなければならないタイプなのに、ちゃらんぽらんで飽きっぽく、頭が悪い人は救いようが無いといえます。私もこのブログを活用して、じっくりと一つのことに取り組んで参りたいと考えております。

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木内流 子供の力の引き出し方(1)

 木内幸男語り常陽新聞社『木内流 子供の力の引き出し方-「できない子供はひとりもいないー』(ゴマブックス、2003年)を読みました。

 「木内マジック」と呼ばれる大胆な采配は、単なる奇策ではなく、次のような緻密な計算に裏付けられていることがよくわかりました(p.68)。

一、徹底した相手の戦力分析。                                   二、自軍選手の能力、調子、気質を手の内に入れる。                   三、ゲームの状況を的確に読み取る。

 木内監督は、一と二に基づいて、「あらゆる状況を設定しながら試合のシミュレーション」(p.69)を行うのです。そして三のゲームの状況を的確に読み取って、その場に最も適したシミュレーションを採用するわけです。

 このシミュレーションを練習試合で徹底して試すだけでなく、県予選の4回戦くらいまで試しているそうです。そして決勝までの3試合で、最高の状態にある選手を起用するのです。

 徹底したシミュレーション。他校監督によれば、半端じゃないそうです。木内監督レベルの方でも事前の徹底した準備を大切にされていることがわかりました。

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宮本哲也「強育論」(10)

 失敗と挫折、この経験が大切だと宮本先生は説きます。人生に成功している人は、挑戦する回数が多い。そのため失敗や挫折も多い。そこから多くのものを学ぶ。だから成功するのです(P.139)。

 成功していない人は、失敗や挫折から何も学んでいない、失敗を恐れて挑戦する回数が極端に少ないのです(p.139)。そういう人は「自分の欠点や弱点を直視する勇気がない」(p.139)。

 「失敗によって失われたものは実は何もなく、ひとつの経験を乗り越えることによってひとまわり成長した自分を発見」できるのです。失敗して後悔することはほとんどないのです(p.145)。

 人が後悔するのは踏み出すべきときに踏み出さず、チャンスを逃したときです(P.145)。努力のご褒美は、成功か失敗かという結果ではなくて、「成長」なのです。したがって失敗を恐れる必要などないのです(p.144)。

 失敗を恐れて挑戦しないことこそが愚かなのです。もちろん、挑戦の前に準備と努力が必要ですが。

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宮本哲也「強育論」(9)

 宮本先生は、「弱い人間」について語っています。弱い人間ほど自分を強く見せようとする、といいます。

 弱い人間は、「自分のやったことは過大評価し、人にしてもらったことは過小評価する」(P.82)、謙虚さがないのです。

 「謙虚であるということは自分の弱点や欠点を素直に認め、受け入れるということ」です。強い人間は自分を強いと思わない、優秀な人間は自分を優秀だとは思っていないのです(P.82)。

 「弱い人間は虚勢を張って自分を強く見せかけ」、「自分でも強い人間だと無理やり思い込もうと」しています。ありのままの自分を受け入れる勇気がないのです(P.83)。

 物事がうまくいかない「原因を自分以外のものに求め」、「成長することよりも虚栄心を満たすことを優先する」、「ちっぽけなものを守るために、大切なものを失う愚かな生き方」なのです(P.83)。

 これらの言葉を受け止めてみると、いかに自分が「弱い人間」かがわかりました。宮本先生は、人間のありようを奥深く探求されています。すべての言葉が胸に突き刺さるようです。

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宮本哲也「強育論」(8)

 宮本先生は、先生の役割とは「子どもの自立を見守り、促進する」ことだけだといいます(P.162)。放ったらかし伸ばすのが正解だそうです(P.164)。

 「授業延長、補講、個別指導」などを繰り返すのは、生徒が受験に落ちたときに「精いっぱい面倒をみさせていただいたのですが…」と言い訳をするためだと指摘します(P.166)。「延長や補講は言い訳の前払い」にすぎない、先生に力量がないだけ、といいます。

 「毎回、個別の質問を受けつけるようになると、その子は授業に集中しなく」なり、まったく考えようとしなくなるのです(P.168)。「行き詰るたびに考えるのをあきらめて質問に行ってたら」(P.165)、考えなくなる、頭を使わなくなる、よって頭がよくならないのです。

 長時間の授業、大量の宿題、個別の質問受付などは、生徒から、判断する機会、考える機会、頭を使う機会を奪っているのかもしれません。

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宮本哲也「強育論」(7)

 宮本先生は、教育界の現状を「弱い者勝ち」と鋭く批判しています。あらゆる分野ができる人間を中心に回っているのに、教育界だけが弱者の論理で動いているといいます。

 たとえば、教育問題の三大テーマとされる「いじめ、不登校(ひきこもり)、落ちこぼれ」の原因をすべて社会や学校や教師の責任にして、彼らをかばう「弱い者勝ち」のような状態になっていると指摘します(P.99)。

 人間は様々な困難を乗り越えて成長するものであり、かばうだけの対応は彼らから「立ち直るきっかけを奪っているだけ」(P.100)であるといいます。

 また、いちばんレベルの低い者に全体のレベルを合わせると、「全体の水準は下がり、もっとも下のレベルの人間はさらに下がる」、そして「全員が敗者になるという結果」しか生まないと指摘します(P.100)。

 学校や教師のエネルギーの大半がこうした弱者に対して費やされている現状は国家的損失であるといいます。失敗と挫折を乗り越える強い子どもを育てる教育が求められているといえるでしょう。

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宮本哲也「強育論」(6)

 宮本先生は、信じることと疑うこと、どちらが大切かと問います。「間違いなく疑うことのほうが大切」だといいます(P.114)。

 真実はひとつであり、それ以外はすべてうそなので、簡単に信じるのは危険なのです。疑いぬいて、疑う余地がなくなったとき、はじめて信用できるのです。「信じるとは疑問を持ちつづけることを放棄することである」(P.114)と言われています。

 疑う、つまり考えて、考えて、考え抜くことが重要なのです。疑うこと、どこにも矛盾がないか確認することは、学習を通じて身につけることができるのです。

 最近、人に騙される事件が多発しています。考え抜く経験がないからではないでしょうか。人に騙されないためにも、勉強を通じて、疑う能力、考える力を身に付ける必要があると思います。

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宮本哲也「強育論」(5)

 宮本先生は「堪え性がなければ何をやってもうまくいかない」(P.91)といいます。堪え性とは、耐え忍ぶ、我慢することと言い換えることができるでしょう。

 堪え性がない人は、「ひとつのことを成し遂げる」ことができない、「地道で丹念な作業」ができない人です(P.124)。「成果が現れるまで、ひとつの物事に取り組みつづけることができない」(P.125)、「何をやっても長続きしない。日々の生活に充足感もなければ達成感もない」(P.89~90)のです。

 「彼らは失敗や挫折に直面することを極端に嫌がり、自らの心が傷つくことを極端に恐れ、そういう機会をことごとく避けて生きて」います。他人の痛みや苦しみにも極めて鈍感だ、といいます(P.90)。

 したがって、堪え性がない人間は犯罪に走りやすいのです。犯罪の増加は、堪え性がない弱い人間を生み出し続けた「教育の敗北」だと宮本先生は指摘されています。

 「堪え性がない」…私の心にも、ぐさりと突き刺さる言葉です。

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宮本哲也「強育論」(4)

 子どもの教育で最も大切なのは、子どもが持つ「学習したい」という本能の部分をうまく引き出すことです。

 学習は子どもの本能です。子どもには「強い知的欲求」(P.105)があるのです。その本能を大切にして、結果を求めることをあせらず、「問題に楽しく取り組んでさえすれば」、すべてうまくいき、結果もあとからついてくる、といいます。

 無理強いすると、「他人に支配されたくない!」という自己保存の本能が優先し、うまくいかないのです(P.111)。したがって、適切な時期に、教材を子どもの見える場所にさりげなく置いたり、親が楽しそうに問題を解く姿を見せる、のも有効だそうです。

 また、教材の工夫も必要です。宮本先生は、算数パズルや、「試行錯誤型学習法」に基づく教材を独自に作成されています。「おいしく食べられるように料理の工夫」(P.53)が必要なのです。

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宮本哲也「強育論」(3)

 中学受験を控えた小学生に勉強を「やらせすぎ」ると失敗する、と宮本先生はおっしゃっています。

 早くから塾に通わせ、なおかつ大量の課題を子どもに与える。学校から帰宅して夜遅くまで、勉強漬けにする。「子どもの生命力をすり減らすような勉強」(P.4)では子どもは全く伸びないのです。

 学習の無理強い、頭ごなしの命令は、「『身体にいいから食べなさい!』とたまねぎを生のまま丸ごと食べさせようとしているのと同じ」(P.53)なのです。大量の課題は、「起きている時間はひたすら食べつづけなさい!」という拷問なのです。

 さらに、家庭において、「親が子どもに対して学習を無理強いするのは、子どものためではなく、自分の不安を解消するため」「欲求を満たすため」(P.57)なのです。学校や塾で教師が宿題を大量に出したり授業を延長し補習を頻繁に行うのは自分のためであり、「自分はこんなに一生懸命、生徒の面倒をみている」という自己満足だと指摘します。

 家庭や学校や塾で、長時間、大量の課題を強要するから、子どもは勉強が嫌いになり、拒絶するのです。では、子どもの教育は一体どうあるべきなのでしょうか?

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宮本哲也「強育論」(2)

 宮本先生は、頭を使って考え抜くことによって、生きるために必要な学力が身につくと述べています。

 「ひとつの問題に集中力を高めた状態で粘り強く取り組む」(P.40)ことが大切であり、「大きなプレッシャーをすべての生徒にかけ」(P.47)、「緊張感の高い空気の中で頭をフル回転させ」(P.98)ます。

 だらだらと時間をかけても、頭を使っていません。「勉強時間の問題ではなく、集中力の問題」(P.74)なのです。緊張感のなかで集中して頭を使う場は、家庭ではなく授業です。「授業中にものすごく大きな差がついている」のです。

 昔の寺子屋のように、「ピリピリと張り詰めた緊張感の中で、真剣にものを考える、問題を解く、文章を書く。先生の説明は一言一句聞き漏らさないように全身を耳にする」。「これが本来の教育の場」(P.31)であると指摘されています。

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