モンゴル旅行計画

 2010年の夏はモンゴルを訪問します。8月8日から21日までモンゴルに滞在します。ウランバートルまで大韓航空を利用することにしました。日程は以下の通りです。

8日(日)  KIX1335→KE724→15:25INC19:10→KE867→21:40UB              9日(月)  UB  ザハ、寺などの見学                                               10日(火) UB10:00→アエロモンゴリア航空→12:50ホブド ボヤントホテル泊                  11日(水) ホブド周辺の見学    遊牧民のテント泊                      12日(木) 遊牧民の村を周遊   遊牧民のテント泊                       13日(金) 遊牧民の村を周遊   カザフ族のテント泊                     14日(土) カザフ族の村→ホブド→車で移動(約7~8時間)→オラーンゴム       15日(日) ウブス湖の見学   ホテル泊                            16日(月) オラーンゴム周辺農村の見学   ホテル泊                    17日(火) オラーンゴム13:00→17:40UB                            18日(水) UB 都市住民の生活を見学                             19日(木) UB 都市近郊のゲル農村を訪問  UB23:10→KE868              20日(金) →3:10INC ソウル見学                                 21日(土) ソウル見学 INC19:15→KE721→20:55KIX 帰宅

 10日火曜日から西モンゴルのホブドを訪問し、ホブド大学日本語観光科の学生さんに遊牧民の村を案内していただきます。運転手さんを雇いジープで移動します。

 14日土曜日にはホブドからオラーンゴムに移動し、世界遺産に指定されているオブス湖に行ってきます。

 旅行の最大の目的は、遊牧民の村に滞在し、人々の生活を観察することにあります。ゲルに宿泊するのも楽しみにしています。

 一番の心配事は、ウランバートルからホブド、オラーンゴムからウランバートルへの国内線の飛行機に乗れるかどうかです。チケットはホテルに手配していただいていますが、フライトが予定通りなのか、そしてダブルブッキングで搭乗できないのか、など不安があります。

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梅田望夫「ウェブ進化論」(36) 個と組織の関係

 梅田さんは「日本人1万人・シリコンバレー移住計画」というプロジェクトを立ち上げたそうです(p.230)。シリコンバレーで働く日本人の数は本当に少ないのです。日本人を呼び寄せ、「日本の若者たちの選択肢に少しでも多様性を与えること」により「日本社会が変わっていくための触媒の一つとして」作用するかもしれない、という期待からです。

 シリコンバレーに日本人が少ない理由は、日本国内に素晴らしい就労環境が揃っていたからです。しかし、その状況が崩れてきて、「技術志向の若者たちの間に言いようのない閉塞感が広がりはじめている」と梅田さんは指摘します(p.232)。

 これは、「日本の若者たちが個人としての国際競争力を磨く素晴らしい機会」になります。日本の若者が海外に飛び出し、「転職によるいい意味での人生の急展開」や「新しい場での新しい出会いがもたらす全く新しいオポチュニティの到来」、「組織に依存しない個人を単位としたネットワークがフル稼働する稼働することの強靭さ」、「いつ失職するかわからない緊張感の中で、常に個としてのスキルを磨き自分を客観的に凝視し続ける姿が、いかに個を強くするか」(p.233)といった新しいキャリア・パラダイムを経験してほしいのです。

 日本は「いったん属した組織を一度も辞めたことのない人たちばかりの発想で支配されている」国です(p.233)。組織を辞めたという個人的経験を全く持たない「日本の大企業経営者、官僚、マスメディア幹部。いわゆるエスタブリッシュメント層」が将来デザインに歪みをもたらしている国・日本を離れ、グローバルに活躍してほしいのです。

 「これからの日本は、大組織中心の高度成長型モデルでない新しい社会構造に変化していき、私たち一人一人は、過去とは全く違う個と組織の関係を模索しなければならない」のです(p.234)。

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梅田望夫「ウェブ進化論」(35) 優先順位を変える

 2001年9月11日の同時多発テロを自分の人生の前半生と後半生の分岐点と考え、新しい自分を構築していこうと決意した、と梅田さんはおっしゃっています(p.228)。

 「本質的変化に関する一つ一つの直感を大切に、時間の使い方の優先順位を無理してでも変えてしまうことで、新しい自分を模索していきたいと思った」そうです(p.228)。

 そして「自分より年上の人と過ごす時間をできるだけ減らし、自分より年下の人、それも1970年以降に生まれた若い人たちと過ごす時間を積極的に作る」ようにしたそうです。

 なぜそのように考えたのでしょうか。それは、「9月11日への日本の反応、特にエスタブリッシュメント層の有識者たちが示した反応に、深い失望感を抱いたからだった」だそうです(p.229)。

 あれだけの衝撃が世界をおそったときに、反射神経が全く働かない古い日本に愕然として、新しい自分を構築していかなければならない、と考えたそうです。

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梅田望夫「ウェブ進化論」(34) 世代交代

 マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツはコンピュータの私有、パーソナルコンピューティングの可能性に感動しました。

 一方、グーグルの創業者の二人は1973年生まれで、パソコンが家庭にあるのは当たり前の世代でした。彼らの世代は「パソコンの向こうに世界中の人々や情報という無限の世界が広がっている可能性に十代で出会って」、そして「人々との間の相互作用を瞬時に空間を超えて行えることに」感動しました(p.220)。

 「十代でコンピュータの私有に感動したゲイツ世代は、インターネットのこちら側への拘りを今も捨てきれずにいる」と梅田さんはいいます(p.220)。

 グーグル創業者世代は「インターネットのあちら側に全く新しい創造物を構築しつつあ」り、「斬新なビジネスモデルを用意した」のです。

 「コンピュータの私有に感動した世代とパソコンの向こうの無限性に感動した世代のけてい的な違い」は、一つは「ネットのこちら側とあちら側の違い」です。もうひとつは「不特定多数無限大を信頼できるか否か」だと梅田さんは指摘します(p.223)。

 これからのウェブ進化は、ネットの「あちら側」で、「不特定多数無限大を信頼」する事業者が牽引していく、そしてその分野から「グーグルへの新しい挑戦者が登場する」のではないか、と梅田さんは予測します(p.225)。

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梅田望夫「ウェブ進化論」(33) 高速道路論

 将棋の羽生善治さんは「ITとネットの進化によって、将棋が強くなるための高速道路が一気にしかれた。でも高速道路を走り抜けた先では大渋滞が起きている」とおっしゃっています(p.210)。

 将棋が強くなるために必要な情報を、わずかなコストで誰もが共有できる時代になったのです。さらにインターネットでいつでもどこでも対局できる環境が整い、実践不足を補うことができるようになりました。高速道路に乗って将棋の勉強に没頭しさえすれば、昔と比べて圧倒的に速いスピードで、かなりのレベルまで強くなることができるようになったのです。

 しかし、「高速道路」を駆け抜けて次から次へと追いついてくるから、高速道路の先では自然と大渋滞が起きてしまうのです。

 羽生さんの高速道路論は、「ネットの本質を鋭くえぐったものだ」と梅田さんは言います(p.214)。「学習のための高速道路」がさまざまな分野で日々自動的に敷かれているのです(p.215)。

 しかしそれゆえ、「多くの人々が次から次へとあるレベルに到達する一方、世の中のニーズのレベルがそれに比例して上がらないとすれば、せっかく高速道路の終点まで走って得た能力が、どんどんコモディティ化してしまう可能性もある」のです(p.216)。

 そこで「一気に高速道路の終点にたどりついたあとにどういう生き方をすべきなのか」が問われるのです。高速道路が敷かれていない新しい世界に進むのか、異質なものを異質なものと組み合わせるのか、無限の可能性が広がります(p.216)。

 「ネットは、古典的な分野での頂点に立つための高速道路整備を促進しただけでなく、自分だけの新しい世界を戦略的に探索していく生き方を支援する道具としても進化している」のです。

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梅田望夫「ウェブ進化論」(32) 群衆の叡知

 不特定多数の「個」の行為を集積した「全体」は価値あるものになるのか。この問いについては、「適切な状況の下では、人々の集団こそが、世の中で最も優れた個人よりも優れた判断を下すことがある」という意見があります。

 「個が十分に分散していて、しかも多様性と独立性が担保されているとき、そんな無数の個の意見を集約するシステムがうまくできれば、集団としての価値判断のほうが正しくなる可能性がある」のです(p.205)。

 「無数の個の意見を集約するシステム」とは、これからネット上に盛んに作られていく仕組みそのもの、なのです。

 「ネットが悪や汚濁や危険に満ちた世界だからという理由でネットを忌避し、不特定多数の参加イコール衆愚だと考えて思考停止に陥ると、これから起きる新しい事象を眺める目が曇り、本質を見失うことになる」のです(p.206)。

 「不特定多数の厖大さ、それゆえの数の論理、それらを集約するためのテクノロジーの進化の加速やコスト低下、そういう諸々の要因を冷静に見つめ、不特定多数の集約という新しい力の芽の成長を凝視し、その社会的な意味を、私たちは考えていかなければならない」と梅田さんはいいます(p.206)。

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梅田望夫「ウェブ進化論」(31) ソーシャル・ネットワーキング

 ソーシャル・ネットワーキングとは「紹介者のいる会員だけに絞り、名前や経歴などの個人情報を明かし、会員同士が知人・友人の連鎖を登録し、そのつながりをうまく活用しながら交流するネット上のコミュニティ」のことです(p.199)。

 ソーシャル・ネットワーキングは、今のところ、「個に対する利便性を提供することでサイト上のトラフィックを増やし、そのトラフィック目当てのスポンサーに広告を売るという90年代的なビジネスにとどまっている」と梅田さんは指摘します(p.200)。

 しかしソーシャル・ネットワーキングは、「何かを知りたいと思ったら誰に聞けばいいか、何かをやりたいと思ったら誰を雇えばいいのか、誰かに会いたいと思ったら誰に仲介を頼めばいいか」という「人々をテーマごと、局面ごとに評価するという人間検索エンジンとも言うべき仕組みへと発展する可能性を内在している」と梅田さんは言います(p.201)。

 「個」の行為の集積を、「全体」としての価値創出に転化できる可能性を秘めているのです。

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梅田望夫「ウェブ進化論」(30) ウィキペディア

 ウィキペディアとは、「ネット上の誰もが自由に編集に参加できる百科事典」です。百科事典といえば「権威ある学者や専門家を集め、博識の編集者が指揮をとって作るのが常識」です。「莫大なコストがかかるリアル世界のプロジェクト」です(p.187)。

 一方のウィキペディアは「誰でも参加型の百科事典」であり、「コストゼロ空間で起きているオープンソース現象の一つ」と言えるのです(p.187)。

 ウィキペディアに対する批判は、誰が何の資格でこれを書いているのか、そして、間違いも一部にあるから信用できない、という点にあります。

 また、「ウィキペディアの存在感が増すに比例し、誹謗中傷や自己宣伝の書き込みをどう防ぐかといった」より深刻な課題もあります(p.191)。

 このような批判を検証するため、ウィキペディアの「信頼」を確かめるために実験を行ったそうです。

 その実験とは、ウィキペディアにわざと誤りを書き込んだら、ちゃんと修正されるか、修正されるならどのくらいのスピードで修正されるか、というものでした。

 数時間のうちに修正される場合もあれば、あまり注目されていない項目については修正されなかった、というように様々な報告があったそうです。

 完璧ではないが、そこそこの信頼性がある、と考えられます。「コストゼロ」で「そこそこ」の信頼性で進化を続けると考えられます。

 私の経験から考えると、ウィキペディアは使えると思います。結構、記載内容は詳しくて正しいし、無料で便利です。ウィキペディアの広がりにより、我々はオープンソース現象の恩恵を十分受けていると言えるでしょう。

 一方、懸念材料もあります。組織や個人に対する「良い情報」も「悪い情報」も、「正しい情報」であればすべてが記載されてしまう、という問題です。組織や個人にとってあまり詳しく触れてほしくない「正しい情報」を規制するのかどうか。現在では、特定の組織に対する書き込みは制限されているようです。

 いずれにしても、ウィキペディアは、使い方を間違わなければ、我々にとって極めて有効な情報源であると思います。

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梅田望夫「ウェブ進化論」(29) オープンソース現象の障壁

 オープンソース現象の発展が難しい理由として、梅田さんは①著作権問題に代表される「既存の社会の仕組みとの軋轢」、②ネット上と違って何をやろうにもコストがかかる、の2点を挙げています(p.183)。

 著作権に対してグーグルは、「情報の存在を見つけてネット立ち読みができれば、売れない本が売れるようになるケースも多く、著作権者にも利するサービスなのだ」と主張します(p.182)。

 それに対して出版側は「グーグルは、著者や出版社の財産にただ乗りして金もうけを企図しているにすぎない」と批判します。

 次に、コストの問題に関しては、ブッククロッシングを例に挙げて説明されています。この制度は、「読み終えた本をカフェや駅などの公共空間に放置し、その本を偶然手にした人に読んでもらい、世界中を勝手に無償の図書館にしてしまおうという活動」です(p.184)。

 この活動はあまり広がらなかったし、出版社からも批判をしませんでした。リアル世界での活動なので、なにがしかのコストがかかってしまうからです。

 「リアル世界が関わるオープンソース現象を真に大きなうねりとしていくためには、既存の社会の仕組みとの軋轢と戦い続けるという強い意識だけでなく、コスト構造の壁を乗り越えるための資金調達能力とマネジメント能力が不可欠」だと梅田さんは指摘します(p.186)。

 やはり、情報の複製コストがゼロで、伝播速度が無限大である「コストゼロ空間」たるネットでないと難しいのでしょうか。

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梅田望夫「ウェブ進化論」(28) MITの試み

 マサチューセッツ工科大学(MIT)の講義内容のすべてをインターネット上で無償公開するプロジェクト「オープンコースウェア」の事例が検討されています(p.178)。

 科目ごとに、講義摘要、必読書、講義で使うスライド、講義メモ、課題、試験と解答、講義を記録した動画などが無償公開されるのです。インターネットにつながってさえいれば、誰もが好きなだけ勉強できる、という構想です。

 MITの高額な授業料は、教授と学生とのあるいは学生同士の、つまり「人と人との間のやり取りにこそあるのだから、教材コンテンツ自身は世界に広く公開するという理論武装」に基づいていました(p.178)。

 ところが、すべての人が前向きに、理念に賛同して参加したプロジェクトではありませんでした。「オープン化という施策自身が大学事業自身を脅かす可能性を秘めている」からです(p.179)。

 結果的にMITの試みは、「教えたい世界中の教員が参考にし、情報交換するためのサイト」になってしまったそうです(p.180)。

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